京丹後の夏休み。
ちょうど1年前の去年の夏休みは、
3.11の傷跡深い岩手~宮城の旅に出かけたのだった。
がれき、仮設住宅、海。緑深い平泉、さんさ祭り、石巻の川開き。
色濃い景色ばかり見てきた旅で、人の心を感じた1週間。
2011.3.11 東日本大震災。
その時を生きた私たちは、絶対忘れちゃいけない。
やっぱり人って“忘れる生き物”。
恥ずかしいことに、ブログを読んで、当時の感情を思い出した。
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さて、今年は、京都の日本海側の京丹後に出かけた。
京丹後に行く理由は「尊敬していて大好きな友達が行くから」。
シンプルな理由が一番もっともだし、
「まちづくりを学びたい」なんて答えのない問いを用意したら
その場面、場面での感動を損なう気がして。
問いはなく、感じることが今自分が求めている答え。
結局、3日間で、素朴で、地味で、ちいさなちいさな活動が、
とても大事で、尊いことを改めて感じたのだった。
↓ちゃっかり、新聞にも載っちゃった*
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京丹後で出会えたのは、
晴れた日本海の海のように心が澄んでいるキラキラした方々だった。
◆「此代地区の良さをたくさんの人に知ってもらいたい」と
地域のレストランを営む、地元のお母さん達。
課題は、高齢化に伴う、若手の人手不足。
利益度外視。ボランティアで働く従業員さん。
おいしい地元のお食事でおもてなし。
レストランの中の大きな窓からは、雄大な日本海を魅せる。
レストランまでの海沿いの道路には、色とりどりの花を植える。
◆京丹後は自分たちで守る!と意気込む、京丹後クラブのみんな。
地元で生まれ育った20代の若者が、仕事の傍らゴミ拾いや棚田の保護に励む。
「派手に遊ぶような若者でない子たちが」「人に役に立ててうれしい」」
「活動は目立たなくていい、広げようとも思わない」
素朴で単純で、本質的で、風化しない思い、ヒト。
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それで地域活性とかいろいろ感じたけど、
実は、最近あんまり腑に落ちないことがある。
コミュニティなんちゃらとか、ソーシャルなんちゃらとか、
フューチャーなんちゃらとか。
そんな風にして「人を集めよう」っていって、
集まってくるのは外部の人が多かったりする。
それを見過ごして、かっこいい名前を付けても、ねぇ。
だからこそ、京丹後みたく地元の方々が手弁当で、
行動を起こし、地道に地元を守っているのは素敵。
だけど、そうなんだけど、
それを「継続」させようとした時、
利益をあげること、組織化すること、会社を興すことが求められる。
でも、できない。「継続させたいけど、やり方がわからない。自信がない。」
そのヒントが、コミュニティなんちゃらとか、ソーシャルなんちゃらとか、
フューチャーなんちゃらとかなのかしら。
勉強不足だけど、今一つ、仕組みがもの足りない気がする。
それが、今の地域の課題だと感じる。
これからもっと学びます、ふふふ。
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青梅から京丹後まで行くには、車で半日かかった!
でも、距離は遠かったけど、彼らとの心の距離は近かった。
価値観は一緒。やっぱり私も田舎もんだで。田舎大好き。
また会いたいです^^ みなさま、ありがとうございました◎
